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コトラーのマーケティング講義

マーケティング。定義するのは難しい。敢えて言うならば、企業経営を最適化するための潤滑油か。マーケティングに携わって40年。フィリップ・コトラーがマーケティングのコンセプトを再検討。 私のような全くの初心者でも読めて、何かやりたいという気持ちが出てきます。 80のコンセプト(アウトソーシング、ポジショニング、広告、etc.)をリストアップ。                                    reported by シコフスキー
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「プリンシプルのない日本」白洲次郎

 今回紹介する本は、白洲次郎著の「プリンシプルのない日本」です。


プリンシプルのない日本

 この本を読見たいと思ったきっかけは、「白洲次郎 占領を背負った男」を読んでからである。


今は、「風の男 白洲次郎」も読書中。 この本は、GHQ占領時代から、遅いものでは1960年代後半までに白洲次郎自身が雑誌に寄稿したものをまとめたものである。。


文芸春秋が中心。本の終わりのほうでは、座談会という名目で白洲次郎・河上徹太郎・今日出海が鼎談している。


 


 内容のほとんどは、日本国内の政治家や経済界のお偉方、さらにはGHQに対する苦言を遠慮なく述べているものである。またそれだけでなく、国民に対する叱咤(激励)もある。戦後日本史で時代の背景を知っていれば、より楽しめる本である。


 


白洲次郎の言うことは、当時においては横柄に聞こえたかもしれない。彼の予言は少なからず外れてもいる。でも、彼のような上部に躊躇なく物申す人がいたからこそ、今の日本があると思うと感謝せずにはいられない。


 この本を読んでいると、彼の真摯で素直な態度には感銘を受ける。戦争を背負った世代としての孫の世代のことを本当に真剣に考えてくれていたんだなあと、このような人が今の政治家・官僚に何人いるのだろうかと思ってしまう。


 


「吾々の時代に、この馬鹿な戦争をして元も子もなくして了った現在、次の時代に来る人々のためには幾許でもこの負担を軽くして、少しでももっと明るい世の中にして次の時代に引継ぐ義務をも感じる。」


 


などの発言をみると、私達の世代も後の世代のために、税金の問題や年金の問題もずっと後回しにはできないぞ。と、考えてしまう。


 


 この本での、発見の一つに、白洲次郎自身のこの発言。


「この憲法の草案なるものは日本の占領が始まる余程以前から準備されていたという事実を私は信じる。」


 この発言は、占領期終了後だと思われるが、当時の日本の上層部も同じ考えだったのではなかろうか。と、ついつい思ってしまう。事実は一週間ほどで、民政局が中心となって日本国内で創ったものである。


 


 また、「象徴」のはじまりの項では、


「後日学識高き人々がそもそも象徴とは何ぞやと大論争を展開しておられるたびごとに、私は苦笑を禁じえなかった」


と、こっちまで思わず苦笑してしまうエピソードを綴っている。


 というのも、この項でも説明しているが、「天皇は国家のシンボル」のsymbolを白洲次郎が和訳したであるが(彼はGHQ草案を翻訳する作業に参加していた)、


 


「翻訳官の一人に『シンボルって何と言うのや』と聞かれたから、私が彼のそばにあった英和辞典を引いて、この字引には『象徴』と書いてある、と言ったのが、現在の憲法に『象徴』と言う字が使っている所以である。」


と語っている。


 


 白洲次郎の人柄を知るにはいい本ではないだろうか。とは言っても彼自身の著作はこれしか出されていないようなので。


 


白洲次郎を上司にしたい度 90%





白洲 次郎
新潮社 (2006/05)





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【2006.08.12】 戦後史・GHQ
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「1945年のクリスマス」ベアテ・シロタ・ゴードン

 今回紹介する本は、ベアテ・シロタ・ゴードン著「1945年のクリスマス日本国憲法に「男女平等」を書いた女性の自伝」です。彼女が、口頭で伝えたものを、平岡磨紀子さんが文を構成しています。


 ベアテさんはユダヤ人を両親に持ち、父親がピアニストだった関係で、作曲家・指揮者の山田耕筰の招待で来日。5歳から15歳までの10年間を日本で過ごすことになります。


 その後、彼女はアメリカに留学のために渡米するが、その間に日米太平洋戦争が勃発。どうしても日本にいる両親に合いたい彼女は、GHQの求人に応募。その語学力と、流暢な日本語を買われてGHQ占領に伴って再来日し、日本国憲法の人権に関する条項に携わることになる。


 


 本の、半分は彼女の伝記となっている。後半は、彼女が携わったジャパン・ソサエティについても触れられている。


 本は、戦後数十年後に書かれており、内容は当時、メモ魔と言われていたエマラン女史によるものが多いらしい。


 当時のGHQ内での、あわただしさや、草案をマッカーサーに届けるまでの緻密な過程などが垣間見れる。また、ケーディス大佐やホイットニー准将など、日本国憲法において大きな役割を果たした高官達の当時の印象などが、彼女(当時20代前半)の目線から語られているのもおもしろい。


 


 本書は、日本国憲法に関する本として捉えるよりも、彼女、ベアテ・シロタ・ゴードンの伝記としてみるべきものだろう。


 伝記として読んでみても、かなりおもしろい。日本での生活や、世話人の話。両親の話など話題が豊富でユニークにとんでいて、且つユーモラスに書かれている。


 また、日本国憲法草案を書き上げる段階での、GHQ内でのみんなの情熱や、彼女の女性の権利に対する思いも伝わってくる。いろいろ、現在の日本国憲法に対しては様々な批判があるが、短期間であそこまでの憲法草案を作り上げた彼ら彼女らの、真剣さと情熱も知って損はないだろう。

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ベアテ・シロタ ゴードン Beate Sirota Gordon 平岡 磨紀子
柏書房 (1995/10)
おすすめ度の平均: 3.33
1 いったい真実はどこに?
4 新鮮な感動が。
5 波乱万丈


【2006.08.11】 戦後史・GHQ
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「白洲次郎 占領を背負った男」 北康利

 今回紹介する本は、北康利さんの


白洲次郎 占領を背負った男 」です。


白洲次郎 占領を背負った男

 


 


 戦後史を勉強している人も白洲次郎という名前はあまり耳にしたことがないかもしれません。最近は、この本のおかげもあって雑誌で特集されたり、NHKでも「その時歴史が動いた」で


 


 


マッカーサーをしかった男としてとりあげられました。


マッカーサー長っ


 


 本のカバーには若き日の彼の男前写真が写っていますが、そのカバーを外すと晩年の彼の写真が写っています。


男前です。



  それもかなりの。まるで映画スターのようなオーラが漂っています。


 


 しかーし、彼が男前たる所以はその外見ではありません。その内面と生き方が男前なのです。それでは、彼のおっとこ前をちょっと紹介しましょう。


 


 1902年彼は大富豪に生まれ、イギリスはケンブリッジ大学に入学。もちろん英語もペラペラ。大学時代には超高級スーパーカーを乗り回していた。


 


 戦後には、吉田茂に認められ、側近として活躍。彼は、揺るがないプリンシプル(信条)を持ち、正義感も強く、しばしば吉田茂はもちろんのこと、GHQの幹部とも対立。


 


 まあ彼の逸話はたくさんあるようだが、私が驚いたのは天皇からの贈り物をマッカーサーに持っていった特、「その辺に置いといてくれ」と言われ、当時日本では神のように崇められていた


        に怒りをぶつけ、謝らしたこと         


 


  それからサンフランシスコ講和のときに、吉田茂から目を通すよう頼まれた講和演説の原稿をみて、それが英語で書かれているのに憤り、


「ようやく戦勝国と同等の立場になれたんだろう!」


と言い放ち、日本語の原稿に書き直させたことなどだろう。


 


  まあ、この人ほど日本を誇りを思っていた人はいなかったのではないだろうか。また、通商産業省創設した人もこの人である。日本のその後の経済発展もこの人なくしてはなかったかもしれない。
  


  また黒子に徹し、利権には全く興味のなかった彼は、議員になることはなかった。そう、彼の願いはただ一つ、誇りある日本をとり戻すことっだたのではないだろうか


 彼は、誇りに思える日本人の一人だ。


 


旧白洲邸である武相荘(無愛想にかけて次郎が名づけた)のホームページここ


おっとこ前パーセンテージ 100% 




こんな日本人がいたのか!度 90%


 



ちなみに奥さんは、エッセイストの白洲正子さんです。




北 康利
講談社 (2005/07/22)
売り上げランキング: 379


おすすめ度の平均: 4.86

5 人生観が変わります
5 国民必読の一冊
5 憲法の制定過程に「この国のかたち」を見る





 


 


【2006.07.23】 戦後史・GHQ
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白洲次郎 占領を背負った男

白洲次郎。 GHQ占領期において、吉田茂の相棒として活躍。マッカーサーやGHQ幹部に対しても、流暢な英語を操り、物怖じすることはなかった。 問題児として扱われ、茶坊主と呼ばれる。しかし、彼は誰に対しても自分の考えを曲げない、規格外の日本人だったのだ。 実業家の息子として生まれ、中学時代から車を乗り回し、大学はケンブリッジの最難関クレア・カレッジに入学。貿易長長官に就任し、通商産業省を設立。                            reported by シコフスキー
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プロフィール

相田シコフスキー

Author:相田シコフスキー

好きな画家はレオナルド・ダ・ヴィンチ、エドヴァルド・ムンク、サルバトール・ダリ。

中田英寿が引退したのを受けて初めて、自分の青春が彼の存在であったと気づく。

GHQと戦後という言葉には敏感に反応する。

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