読んだ本の内容を紹介します

お気に入りに追加

リンク
最近の記事
過去ログ
ブログ内検索
書籍、著者名、キーワードを入力
全ての記事を表示する
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

コトラーのマーケティング講義

マーケティング。定義するのは難しい。敢えて言うならば、企業経営を最適化するための潤滑油か。マーケティングに携わって40年。フィリップ・コトラーがマーケティングのコンセプトを再検討。 私のような全くの初心者でも読めて、何かやりたいという気持ちが出てきます。 80のコンセプト(アウトソーシング、ポジショニング、広告、etc.)をリストアップ。                                    reported by シコフスキー
ブロとも申請フォーム
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【--.--.--】 スポンサー広告
[]
「1945年のクリスマス」ベアテ・シロタ・ゴードン

 今回紹介する本は、ベアテ・シロタ・ゴードン著「1945年のクリスマス日本国憲法に「男女平等」を書いた女性の自伝」です。彼女が、口頭で伝えたものを、平岡磨紀子さんが文を構成しています。


 ベアテさんはユダヤ人を両親に持ち、父親がピアニストだった関係で、作曲家・指揮者の山田耕筰の招待で来日。5歳から15歳までの10年間を日本で過ごすことになります。


 その後、彼女はアメリカに留学のために渡米するが、その間に日米太平洋戦争が勃発。どうしても日本にいる両親に合いたい彼女は、GHQの求人に応募。その語学力と、流暢な日本語を買われてGHQ占領に伴って再来日し、日本国憲法の人権に関する条項に携わることになる。


 


 本の、半分は彼女の伝記となっている。後半は、彼女が携わったジャパン・ソサエティについても触れられている。


 本は、戦後数十年後に書かれており、内容は当時、メモ魔と言われていたエマラン女史によるものが多いらしい。


 当時のGHQ内での、あわただしさや、草案をマッカーサーに届けるまでの緻密な過程などが垣間見れる。また、ケーディス大佐やホイットニー准将など、日本国憲法において大きな役割を果たした高官達の当時の印象などが、彼女(当時20代前半)の目線から語られているのもおもしろい。


 


 本書は、日本国憲法に関する本として捉えるよりも、彼女、ベアテ・シロタ・ゴードンの伝記としてみるべきものだろう。


 伝記として読んでみても、かなりおもしろい。日本での生活や、世話人の話。両親の話など話題が豊富でユニークにとんでいて、且つユーモラスに書かれている。


 また、日本国憲法草案を書き上げる段階での、GHQ内でのみんなの情熱や、彼女の女性の権利に対する思いも伝わってくる。いろいろ、現在の日本国憲法に対しては様々な批判があるが、短期間であそこまでの憲法草案を作り上げた彼ら彼女らの、真剣さと情熱も知って損はないだろう。

<
ベアテ・シロタ ゴードン Beate Sirota Gordon 平岡 磨紀子
柏書房 (1995/10)
おすすめ度の平均: 3.33
1 いったい真実はどこに?
4 新鮮な感動が。
5 波乱万丈

スポンサーサイト

【2006.08.11】 戦後史・GHQ
TRACKBACK(5) // COMMENT(0) []
PLEASE POST YOUR COMMENT












管理者にだけ表示を許可する

| BLOG TOP |
http://honyarou.blog58.fc2.com/tb.php/21-cdb9f813
ベアテ・シロタ・ゴードンについて
ベアテ・シロタ・ゴードンベアテ・シロタ・ゴードン(Beate Sirota Gordon, 1923年10月25日 - )は、ウィーン生まれでユダヤ人|ユダヤ系ウクライナ人(ロシア統治時代)の父母を持ち、少女時代に日本で育ったアメリカ合衆国|米国国籍の舞台芸術ディレクター|監督、フェミニ
婚約指輪 【2007.02.09】 []
ベアテ・シロタ・ゴードンについて
ベアテ・シロタ・ゴードンベアテ・シロタ・ゴードン(Beate Sirota Gordon, 1923年10月25日 - )は、ウィーン生まれでユダヤ人|ユダヤ系ウクライナ人(ロシア統治時代)の父母を持ち、少女時代に日本で育ったアメリカ合衆国|米国国籍の舞台芸術ディレクター|監督、フェミニ
婚約指輪 【2007.02.13】 []
ベアテ・シロタ・ゴードンについて
ベアテ・シロタ・ゴードンベアテ・シロタ・ゴードン(Beate Sirota Gordon, 1923年10月25日 - )は、ウィーン生まれでユダヤ人|ユダヤ系ウクライナ人(ロシア統治時代)の父母を持ち、少女時代に日本で育ったアメリカ合衆国|米国国籍の舞台芸術ディレクター|監督、フェミニ
結婚と家庭&生活 【2007.02.15】 []
ベアテ・シロタ・ゴードンについて
ベアテ・シロタ・ゴードンベアテ・シロタ・ゴードン(Beate Sirota Gordon, 1923年10月25日 - )は、ウィーン生まれでユダヤ人|ユダヤ系ウクライナ人(ロシア統治時代)の父母を持ち、少女時代に日本で育ったアメリカ合衆国|米国国籍の舞台芸術ディレクター|監督、フェミニ
婚約指輪 【2007.02.16】 []
ベアテ・シロタ・ゴードンについて
ベアテ・シロタ・ゴードンベアテ・シロタ・ゴードン(Beate Sirota Gordon, 1923年10月25日 - )は、ウィーン生まれでユダヤ人|ユダヤ系ウクライナ人(ロシア統治時代)の父母を持ち、少女時代に日本で育ったアメリカ合衆国|米国国籍の舞台芸術ディレクター|監督、フェミニ
結婚と家庭&生活 【2007.03.02】 []

白洲次郎 占領を背負った男

白洲次郎。 GHQ占領期において、吉田茂の相棒として活躍。マッカーサーやGHQ幹部に対しても、流暢な英語を操り、物怖じすることはなかった。 問題児として扱われ、茶坊主と呼ばれる。しかし、彼は誰に対しても自分の考えを曲げない、規格外の日本人だったのだ。 実業家の息子として生まれ、中学時代から車を乗り回し、大学はケンブリッジの最難関クレア・カレッジに入学。貿易長長官に就任し、通商産業省を設立。                            reported by シコフスキー
RSSフィード
お気に入り
プロフィール

相田シコフスキー

Author:相田シコフスキー

好きな画家はレオナルド・ダ・ヴィンチ、エドヴァルド・ムンク、サルバトール・ダリ。

中田英寿が引退したのを受けて初めて、自分の青春が彼の存在であったと気づく。

GHQと戦後という言葉には敏感に反応する。

最近のコメント
最近のトラックバック

Copyright © 2005 本野郎 All Rights Reserved.
Photo by Rain Drop // Template by chocolat* // Powerd by FC2
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。